「新型コロナウイルスとあはきの実技教育」

会長 栗原 勝美

新型コロナウイルス感染症の拡大防止対策として3月以来多くの学校が臨時休業を余儀なくされてきました。とりわけ、4月7日(火)に緊急事態宣言が出されて以降、教育現場では生徒の学習補償に苦慮してきました。しかし、本連盟が緊急アンケートを行った結果では、電子媒体をもちいたオンライン授業が比較的積極的に行われている実態が把握できました(緊急アンケート調査報告参照)。改めて、全国の理療科教職員の努力と生徒への思いや結束力の強さを感じたところです。

5月25日(月)に東京都等の緊急事態宣言が解除され、これで全国47都道府県が緊急事態宣言解除となりました。6月1日(月)からは、全国的に学校が再開されています。学習の遅れをどのようにして取り戻すか、実技科目についてはどのようにして感染リスクを軽減させて授業を行うか等、今後も様々な課題を抱えておりますが、意見交換を通じてより良い方策を探っていければと思っています。当面、新型コロナウイルスと共存して生活していかなければならないのが実態です。感染リスクをゼロにすることはできません。その中で、校内で共通理解を図り、できるだけ早期に授業を平常に戻していく必要があると考えています。

私は、この臨時休業中も理療教育の現状や課題について考えていました。入学前から卒業後まで様々な課題があることは会員の皆様と共有しているところです。その中で、私がいつも気になっていることは、生徒たちに国民の期待に応えられる実技力、臨床力を身に付けさせることができているだろうかということです。

私が若いころ、東京衛生学園の非常勤講師をしていたことがあります。面接で初めて学校に伺ったとき、玄関の壁に「鍼灸は科学であり芸術である。」というような意味の銘文が書かれていました。その言葉に私は感動したものです。私は、学生の頃からあはきの科学化に興味をもっていました。しかし、科学化ということと同時に芸術性という側面を意識できたことは、その後のあはきに対する私の取り組みに大きな影響を与えてくれています。

書家の木聖雨(たかきせいう)氏は、平成28年の芸術院恩賜賞を受賞しています。67歳の若さでこの賞を受賞した氏は、「書道の人口は減ってきているが少子化のせいにしていてはだめ。書というものに対して一般国民に知らせていないものがあると思う。毛筆を1年生からやろうと言うことを文科省で決めたので、書道を広める良いきっかけになるかも知れない。日本の書道文化をユネスコの無形文化遺産に登録する運動をしている。技術は継承できない。技術を高め、精神性を高め、良い書を書いていきたい。」と述べています。様々な分野ですばらしい技術がありますが、その技術を発展・継承していくには、高い技術と精神性を持っている人も、それを学び継承していこうと思っている人も、技術を高め、精神性を高める強い意志と努力が必要なのだと述べているのだと思っています。

私は、臨床実習で生徒に鍼の技術を教えるとき、「鍼の持ち方や立ち位置、姿勢を教えることはできるが、真に治療的技術を教えることはできない。手で体表を触診するのと同じように鍼で皮膚、皮下組織、筋膜、筋肉等の体内を慎重に触診するような気持ちと技術の研鑚が大切。何センチメートル刺入するとか、どのくらいの角度で刺入するとかは、おおよそには教えられるが患者さんによって各組織の厚さや硬さが異なる、精神的な要素も含めて感受性も異なるなど個別性が大きい。その個別性を理解し、適切な刺激を与えられるよう体得していくことが大切であり、それが治療技術である。」と話しています。手技療法もまた同様です。刺激に対する感受性は個別性が大きく、おおよそこの位の力で揉んでみようと言うことはできますが適切な刺激を与えるには揉んでいる手で患者の反応を感じ取り調節していく技術が必要です。

職能集団として職業教育に携わっている私たちには、あはきの技術を高め、それを支える精神性を高めることが求められています。それぞれ自己点検し、自分の取り組みを振り返ってみてはどうでしょうか。また、あはきを学ぶ生徒たちにも同様の取り組みを求めていく必要があります。形だけでなく、この職業の精神性をも伝えられるような教育を展開したいものです。

新型コロナウイルス感染症が拡がる中で、あはきの実技教育は思うように進められないでいます。咳やくしゃみの大きな飛沫は空中に浮遊し、床に落ちます。会話等で発生するマイクロ飛沫は空気中に浮遊します。新型コロナウイルス感染症患者の唾液や鼻汁、涙にはウイルスが存在します。また、便中にもウイルスが存在します。感染した患者の血液中には検体の1%程度にウイルスが検出されたという報告もあるそうです。しかし、アルコール消毒で対応できるウイルスであったことは幸いです。自分の飛沫を飛ばさない、他人の飛沫をさける、自分の顔を触らない、衛生的手洗いを徹底する、手を触れたところは清拭する等の基本的対策を守りながら実技指導の再開を目指しましょう。また、鍼と按摩等の手技療法を分けて考える必要があるのではないでしょうか。鍼は刺鍼練習機等を使って刺入技術の習熟を目指す、自己練習で切皮を繰り返して無痛切皮を目指すなど、今こそ基礎技術を高め、精神性を高める努力をしてみてはいかがでしょうか。按摩等の手技療法では、基本的対策を守ることで対応できるのではないでしょうか。

繰り返しますが、どんなに予防しても、感染リスクをゼロにすることはできません。その中で、感染者が発生したときのことも想定しながら、実技指導の考え方をまとめる必要があります。心まで新型コロナウイルスに負けることなく、正しい知識で対応し、日頃の教育活動を頑張りましょう!?


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